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「想い×知的財産」で社会課題解決をサポートする特許庁「I-OPENプロジェクト」

さまざまな社会課題の解決に取り組むスタートアップや非営利法人、個人事業主を、専門家が支援する特許庁の「I-OPENプロジェクト」。発足当初の2021年から、プロジェクトの企画運営をソニーグループ株式会社のデザイン部門であるクリエイティブセンターとソニーデザインコンサルティングが担っています。
プロジェクトの「2023年度グッドデザイン賞」の受賞を期に、特許庁のI-OPENプロジェクトチームのメンバーと一緒に成果を振り返り、今後の展望について、改めて話しました。

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(写真左から)ソニーデザインコンサルティング 弁理士 増田光吉、アートディレクター 金田紗季、リエゾンマネージャー/シニアコンサルタント 山内文子、特許庁 佐藤弘樹さん、佐藤美優歌さん、青柳直希さん

アイデアや想いに共感する仲間を増やすプロジェクト

――「I-OPENプロジェクト」が始まった経緯は?


青柳 2018年、特許庁が「『デザイン経営』宣言」を発表し、ユーザー視点で行政サービス改善に取り組むデザイン経営プロジェクトを進めてきました。その後、2021年には特許庁のミッション・ビジョン・バリューズを再定義。ミッションを「『知』が尊重され、一人ひとりが創造力を発揮したくなる社会を実現する」とし、人々の想像力から生まれる「特許権」「実用新案権」「意匠権」「商標権」といった知的財産権を生かして、未来を切り拓く人を応援しようと始まったのが、I-OPENプロジェクトです。
I-OPENプロジェクトは、知的財産を企業や経済の成長のみならず、持続可能な社会づくりに生かす仕組みを構築する事業者を支援しており、これまで知的財産と馴染みの少なかった方を取り込もうとしている新たな挑戦であり、アイデアや想いに共感する仲間を増やすための手段として知的財産を位置づけています。

山内 I-OPENプロジェクトのベースとして、社会課題に取り組む多様な方々に知的財産を活用いただけるよう取り組んでいます。現在、特許出願など特許庁への手続きを要する知的財産は、大企業から出願される割合が大きくなっております。しかし、知的財産の活用は、企業などの競争力の強化に留まらず、自分たちの想いやアイデアを広め、仲間を増やすことにも活用でき、社会課題解決を進めていくうえでも大変有効です。

青柳 社会課題解決を実践する社会起業家などのスタートアップや、NPO法人などの非営利法人、個人事業主といった方々を支援することが一番の目標で、プロジェクトの参加者を「I-OPENER」と呼んでいます。対して、I-OPENERを支援、伴走するのが「SUPPORTER」です。SUPPORTERらによるメンタリングプログラムを通じて、社会課題解決の後押しをしています。

増田 私は弁理士として、企業におけるデザイン成果を知的財産で守る業務に長く携わってきました。企業の無形資産としては、近年、サステナビリティ・トランスフォーメーションが重視されるようになっています。一方で、世間では知的財産が事業を独占するものというイメージが強いためオープンに様々な方と活動を広げようとする社会課題解決の取り組みとあまり相性が良くないという誤解を解きたいと感じていました。
I-OPENプロジェクトは、企業における知的財産の先進的な活用を検討できるケーススタディにも通じると感じています。

知的財産と社会課題に強い2人の専門家が伴走、支援する

――I-OPENERはどうやって募集していますか?

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佐藤美優歌 I-OPENERもSUPPORTERも、毎年度、特設ウェブサイトで募集しています。I-OPENERについては、社会課題解決を実践している方々からの応募が多く、その中からプロジェクトの指標に合致する応募者に参加してもらっています。
メンタリングは、1者のI-OPENERに対して2名のSUPPORTERが伴走支援しておりまして、このうち1名は社会課題解決に詳しいビジネスやデザインの専門家、もう1名は弁理士や弁護士など知的財産の専門家です。

増田 I-OPENプロジェクトは社会課題解決と知的財産に強い2人が伴走支援するのが特徴で、I-OPENERの考えや悩みを社会課題解決の視点で整理してから、知的財産の活用につなげるように支援していただいています。
I-OPENERと2名のSUPPORTERが一丸となり、想いの部分の整理をしながら、ときには新たな活用の道筋を探索するようにして、どこに知的財産の種が埋まっているかを探し出します。

佐藤弘樹 I-OPENプロジェクトのメンタリングは、活動理念の明確化から始まって、想いにフォーカスするのも大きな特徴ですね。

佐藤美優歌 知的財産ありきではなく、取り組み全体を見渡す過程で知的財産の活用が見えてくるという点も、参加者の方々から好評をいただいています。

事業を整理し想いを伝え、共感を生むために

――これまでどんなI-OPENERが参加してきたのでしょうか?

佐藤弘樹 2021年から2年間で、21者のI-OPENERに対して伴走支援を行ってきました。参加目的も知的財産の活用方法も千差万別で、事業の進め方も様々です。いくつかご紹介します。


2022年度のグッドデザイン大賞を受賞した「まほうのだがしやチロル堂(以下、チロル堂)」は21年度のI-OPENERですが、もともと、知的財産は自分たちとは縁遠いと思っていたようです。しかし、I-OPENプロジェクトに参加して、「知的財産は、自分たちのアイデアや仕組みを正しく拡張するために大事なものだと気付いた」とのこと。
というのも、例えば、チロル堂の取り組みに共感する他の地域の方が同じような取り組みを「チロル堂」のネーミングを使いながら広げようとした場合、チロル堂が大事にしているアイデンティティともに商標権をライセンス契約することで、自分たちの考えを全うするために活用できるということに気づいていただきました。

もう一つは、「男女問わず、人生を最期まで美しく生ききれる社会をつくる」という目的・ビジョンを掲げている「Rings Care」です。SUPPORTERのメンタリングが、事業領域の再整理や活動理念の明確化などにつながっています。メンタリングを通じて、大切な人たちがつながっていくという意味を込めた「Rings Care」というネーミングに行き着き、これが後に社名ともなりました。このようなネーミング開発も、メンタリングプログラムで行われた成果です。
メンタリング期間中にこの「Rings Care」を商標出願し、後に登録に至っており、商標権を取得し育てていくことで、Rings Care代表の大平智祉緒さんが大切にしている看護観を守りながら、大切な想いをより広く共有できるというのが、新たな気付きだということでした。事業の継続と同時に、想いを伝え、共感を生むところに知的財産が活用されています。

知的財産でつながる持続的な運営とブランディング

――商標権など知的財産権がない場合、どんなデメリットが考えられますか?

山内 チロル堂の活動が暖簾分けのようにいくつかのエリアで始まっています。チロル堂共同代表の吉田田タカシさんは、自分たちが想いを込めて始めたチロル堂とは異なる取り組みに、同じ名前が使われてしまうとチロル堂の想いを正しく伝えられなくなるという不安を抱えていました。

金田 チロル堂は、「チロル」という通貨を作り、寄付することを「チロる」という呼ぶことで、新しい関わり方の概念と世界観を作っています。昼のカレーやお弁当、夜には大人が飲みながら気軽に寄付できるといった仕組みによって、子どもたちが分け隔てなく居場所を持てる場です。
ネーミングから仕組みまで、チロルという言葉が一本の線となっているのが素晴らしいところです。

増田 吉田田さんが意図しないものに対して、商標権がない状態であれば、無許諾での使用であっても第三者にチロル堂と名付けられてしまった場合は対処のしようがないですね。チロル堂の想いや仕組みを継承した上でのネーミングの使用はOKですが、そうではない場合の対抗策として、商標権の出願、登録が有効です。

佐藤弘樹 名前をライセンスし他社にも使ってもらうことで、チロル堂の想いが暖簾分け先へと循環し、信頼をどんどん蓄積できるのも商標権の力です。

佐藤美優歌 どんな想いのある取り組みでも、商標権がない状態では、想いとは裏腹にまったく異なる使い方をされる可能性があります。知的財産は、みなさんの想いを守ることやブランディングにもつながります。

I-OPENERの想いを引き出すメンタリングプログラム

――メンタリングプログラムはSTEP 0から3までありますが特長は?

山内 やはり、STEP 0の想いの整理ですね。SUPPORTERのみなさんが壁打ちのようにI-OPENERたちの想いを言語化して、シートにまとめていきます。メンタリングプログラムは1回当たり合計2時間程度とし、初年度は3回のセット(合計6時間)でしたが、23年度は5回のセット(10時間)としております。

増田 STEP 0では、「なぜその取り組みを始めたか?」「現状はどうなっているか?」「さらにこの先、何を目指しているか?」などをヒアリングしていきます。そして、SUPPORTERに、「この先、つまづきやすいポイント」などを指摘するとともに、「知的財産があるとないとではこういった違いがある」という説明をしていただいております。
知的財産権ありきではなく、まずは想いを明確にして、それから知的財産権がどう使えるかをシミュレーションしていきます。

金田 I-OPENERにインタビューすると、「自分のためにこんなに時間を割いて話を聞いてくれる」とびっくりされますね。専門性の異なる2人の専門家に想いの部分からじっくりと話を聞いてもらえる機会は、普段なかなかないようです。
自分の活動の出発点や実現したい世界を紐解き、客観的な視点で事業に対してアドバイスをもらうことで、やるべきことが整理されるそうで、「本当に参加してよかった」とみなさん口を揃えておっしゃっています。

増田 初年度のI-OPENプロジェクトではメンタリングの回数が少なかったこともあり、メンタリング終了後もI-OPENERに対してSUPPORTERが良い影響を与えてくださったと考えております。チロル堂については、メンタリング終了後にSUPPORTERだったNPO法人ミラツク代表理事の西村勇哉さんたちが奈良県のチロル堂に足を運んで、現場で関係者と話して、そもそもどういう想いで始めたかなどをインタビュー調査で引き出すことで多くの方々と共有できる形に整理していきました。
また、SUPPORTERとして参加した押谷昌宗弁理士も他のI-OPENERの特許出願をサポートしたと伝え聞いております。
Rings Careの場合は、経営デザインシートを使ったメンタリングが印象的でした。DAY1.5という形で本来のメンタリングとは別の時間枠を無償で設定してくださり、関西医療大学教授の菅万希子さんがかなり綿密にヒアリングした結果、想いの整理がネーミングに発展しました。

金田 当初は、Rings Care代表の大平さんの原体験が語られていなかったが故に「なぜ」の部分が伝わりづらかったのですが、そこを菅教授が時間を掛けて引き出して、大平さんがご自身の原体験を話し出した時に初めて大平さんが創業したことへの共感が生まれました。
SUPPORTERによってアプローチ方法はさまざまですが、それぞれのやり方でI-OPENERの想いを引き出していただいています。

佐藤美優歌 特許庁のデザイン経営プロジェクトの中で、有識者の方々と話していくうちに、ユーザーの方々が第一にあるべきだと再確認したことから立ち上がったのがI-OPENプロジェクトです。
最終的に、ユーザーの想いから生まれたアイデア、技術こそが、知的財産だということを再認識し、I-OPENERの想いをSUPPORTERが引き出して、それを整理し、実現するための方法を一緒に考えていくというのがメンタリングプログラムです。

参加者の背中を押すコミュニケーションツール

――スタートから3年目ですが応募者数は増えていますか?

山内 I-OPENERとSUPPORTERの両方の応募が増えており、年々、プロジェクトの趣旨へのご理解が深まっていると感じています。I-OPENプロジェクトの過去の事例を特設ウェブサイトに掲載するなど、コミュニケーションにも力を入れているからか、エントリーシートがどんどん充実した内容になってきていますね。
たとえば、昨年度からは講義動画を公開しています。動画では、有識者として参画いただいている弁護士の鮫島正洋先生にI-OPENプロジェクト全体について語っていただき、STEP 0からSTEP 3を各専門家が解説した講義動画や、同じ内容をPDFにまとめたラーニングガイド を特設ウェブサイト で公開しています。

金田 過去のI-OPENERの方々も自分とは関係ないと感じていた人が多かったように、知的財産は難しい、遠い存在と感じてしまうもの。ウェブサイトなどのコンテンツでは難しいと感じる瞬間をなくし、親しみを持ってもらうように工夫しています。
講義動画はプレゼンテーションを楽しく分かりやすくするという視点からグラフィックを多く使ってもらうなど、先生方にもご協力をいただいて制作しています。現在は10本ですが、今年度4本追加して、講義動画は合計14本になる予定です。
ウェブサイト全体のコンセプトは「人の顔が見える」です。専門家の方々のメッセージと顔をしっかり出すことで、こういう方々がサポート、応援してくれているんだということを発信し、安心感を持って参加してもらいたいという狙いがあります。

佐藤美優歌 I-OPENプロジェクトが目指すのは参加者の方々のその後の自走であり、同時にコミュニティの輪が広がっていくことです。信頼できる専門家が集まっている場としてI-OPENプロジェクトのコミュニティがあり、こういった親しみやすいコミュニケーションの場づくりは大事だと感じています。

金田 特許庁のミッションに「一人ひとりが創造力を発揮したくなる社会」とある通り、I-OPENプロジェクトのウェブサイトも訪れた人、その一人ひとりを後押しするような存在でありたいと考えてデザインしています。ウェブサイトのGET STARTEDのページは、知財を活用し社会課題を解決したいという人の最初の一歩を応援したいと作りました。
また、I-OPENプロジェクトへの参加を迷っている人も多いと思うので、講義動画やインタビュー動画などでも未来のI-OPENERに向けてのメッセージを発信しています。

23年度はメンタリングプログラムの5つの仮説を検証中

――今後、I-OPENプロジェクトはどのように進んでいくのでしょうか?

佐藤美優歌 昨年度のメンタリングプログラムを分析して、アイデアの事業基盤と知的財産活用という2つの軸でまとめています。そのなかで、どのようなケースにどのようなメンタリングプログラムが有効か、5つの仮説を立てています。
1つ目は、アイデアの事業基盤も知的財産活用もあまり整理しきれていないI-OPENERには経営デザインシートが有効。2つ目、アイデアの事業基盤は整っているが知的財産活用にまだ改善の余地がある場合には、知的財産の棚卸し。3つ目、アイデアの事業基盤はまだ検討の余地があるものの知的財産活用に優れている場合に、資金調達の可能性を指摘。4つ目、アイデアの事業基盤は固まっているが知的財産活用が検討段階の場合には、仲間を集めることに特化したメンタリング。5つ目、アイデアの事業基盤も知的財産活用も備えている場合には、ストーリー性を重視するナラティブデザインが有効という5つの仮説 です。

2023年度のI-OPENプロジェクトは、この仮説を取り入れながら進めています。今年度はこの仮説を実践し、結果を分析することで、I-OPENプロジェクト自体をどんどん進化させていくことが目標です。

佐藤弘樹 I-OPENプロジェクトを通じて、質の高い、素晴らしいロールモデルがいくつも生まれています。メンタリングプログラムなどの成果を、2025年の大阪・関西万博で世界に発信していくのが今後の大きな目標であり通過点。大阪・関西万博終了後もロールモデルが引き継がれ、社会課題解決に貢献する取り組みがどんどん生まれていくのが最終的なゴールです。
行政におけるデザイン的なアプローチはまだあまり多くありませんが、自分たちが意欲的に活動することで、行政機関内にデザインマインドを伝えていくということも目指しています。引き続き丁寧な支援を続けながら、プロジェクトとしても改善し続けていきます。

青柳 2023年度は、I-OPENプロジェクトが特許庁の手を離れた時に自走し続けられるよう、環境づくりを進めています。地域コミュニティとの連携を進めていて、各地域にI-OPENプロジェクトのコミュニティが立ち上がっています。

コミュニティとして広がるような関係性をデザインしていく

佐藤美優歌 東京と大阪で、ミートアップという講義型と対話型のイベントを開催しています。それとは別に、SNSを使って、I-OPENERとパートナーが横断的にコミュニケーションできる仕組みも用意しました。I-OPENプロジェクト内に留まらず、活動がどんどん広がって、I-OPENプロジェクトの輪が大きくなることを目標に、コミュニティづくりにもフォーカスしています。

山内 プログラム自体はすでに成熟しつつあり、3年目にして言語化もかなり進んでいます。さらに多くの方々にI-OPENプロジェクトに参加したいと思ってもらうには、自分ごと化が欠かせません。そういう視点からも、コミュニティづくりはやはり大切ですね。今後、人と人との関係をつないでいく関係性のデザインが、より重要になってくると思います。

金田 プライベートでの交流が生まれたり、持続的な協力関係になったりするなど、I-OPENERとSUPPORTERの間にはとてもいい関係が生まれています。そういう素晴らしいつながりがオーガニックに広がって、さらに、I-OPENプロジェクトの周りにいる人たちにもつながり、コミュニティとして持続していくのが理想の姿ですね。
プロジェクトの知名度をさらに高め、社会課題解決のコミュニティとつながることで、自分も参加したいと思う人が増えるような土壌を育てていければと思います。

増田 利益追求だけでなく、社会課題を解決しながら事業を続けていくという意味からも、もっと多くの企業にI-OPENプロジェクトに注目してもらうべきだと思います。知的財産活用のきっかけとして、想いの整理があるというのは新しい視点。大企業が、商標出願や特許出願を見つめ直すことにもつながると思います。
世界に先駆けて社会課題解決の取り組みと知的財産の新しいあり方をパイロットモデル的に模索しているのがI-OPENプロジェクトで、大阪・関西万博で日本から世界に発信した先にどのような花が咲くか。そういう視点からも今後ますます楽しみなプロジェクトです。

I-OPENウェブサイト:
https://www.i-open.go.jp/

I-OPENプロジェクト YouTubeチャンネル:
https://www.youtube.com/playlist?list=PLGv4h5a07976KKXymDuvL-589gtFfSiX7