ソニーデザインコンサルティングでは、デザイナーの発想をモデル化した「デザイン発想」に基づく独自のラーニングプログラムを展開しています。2024年には株式会社オカムラとともに、創造的な課題発見や革新的な課題解決のアイデア、イノベーションの鍵となる、新しい視点を獲得するための探求プログラムを実施。その共創のプロセスを振り返り、さらなる展望をひも解きます。

既存の枠組みを超える、これまでにない研修の試み
「オカムラグループは『豊かな発想と確かな品質で、人が活きる環境づくりを通して、社会に貢献する。』ことをミッションに、オフィス環境や商環境、物流システムなどの事業を展開してきました。そして今、目指しているのが、時代と環境の変化の中で新たな需要を創出していく『需要創出型企業』への変革です。そのためには、社員一人ひとりがこれまでの枠を超えた視点から課題や解決策を見つけ出し、新たな価値に結び付けていかなければなりません。ではどのようにして、新しい視点やアイデアを導いていけばいいか。そこで導入したのが、ソニーデザインコンサルティングが展開している『デザイン発想』プログラムでした」
そう語るのは、株式会社オカムラ 人財開発部の岩田裕道部長。6回に渡って行われたセッションについて、その期待感をこう振り返ります。
「これまでに例のない、従来の研修の枠組みを超える試み。果たしてどんな体験や気づきが広がっていくのか? 私自身、とてもワクワクしながら実施に臨みました」
プロジェクトのタイトルは、「オカムラシンキング ラーニングイニシアティブ INSIGHT/OUT」。プロジェクト発足の背景から、“研修っぽくない”研修の実施プロセス、そこから浮かび上がってきた大いなるビジョンの行方まで。関係者による対話の模様をお届けします。
対談:一人ひとりの発見で織り成す、前例のない研修体験
── 今回の研修の前提になった課題や問題意識、プロジェクトの発足の経緯について教えてください。
オカムラ 岩田裕道(以下、岩田):
弊社では2023〜25年にわたる3年間の中期経営計画で、「需要創出型企業」を目指すことを掲げています。その変革に向けて、人財開発の観点から何ができるのか。目標策定に携わった経営企画部とともに協議を重ねるなかで浮かび上がってきたのは、社員一人ひとりがそれを自分事として捉え、取り組んでいけるような組織のあり方でした。ではどうすれば、そうした変革を導くことができるのか。頭を悩ませるうちに可能性を感じたのが、既存の課題への対処ではなく、まったく新しい発想を導く方法としての「デザインシンキング」でした。そこで研修会社の実施例をリサーチしてみたのですが、なかなか決め手になるものが見つからず……。そんな中、岸部がソニーデザインコンサルティングのサイトを拝見して、私も大いに興味を抱きました。

── ソニーデザインコンサルティングのサイトに掲載された、「デザイン発想」プログラムの記事をご覧になったわけですね。
オカムラ 岸部重伸(以下、岸部):
はい。私自身、初めて触れる内容で直観的に「これは面白そうだ」と感じました。というのも、これまで弊社で実施していた研修は主にロジカルシンキングやプレゼンテーションのスキルアップが中心で、デザインのアプローチから発想を広げる内容のものは前例がありませんでした。そのなかで、研修サービスの会社ではなく、ソニーグループという事業体が、豊富な知見を元に新たな発想を導く方法を提案しているという点に関心が湧き、ぜひご相談したいと思ったのです。

ソニーデザインコンサルティング 江下就介(以下、江下):
お声がけいただいたのは2024年の春でしたね。弊社ウェブサイトのお問い合わせフォームからコンタクトいただいて、すぐにお話をうかがわせてくださいとお願いしました。
お話をうかがってまず感じたのは、「需要を創出する」という大きなテーマに対して、デザインを活用した新しいチャレンジに取り組みたいという積極的な姿勢です。私としても共感できるところが多く、ぜひご一緒させていただきたいと思いました。
弊社の活動の背景には、ソニーグループのデザイナーが培ってきたデザインの考え方や方法論を、もっと多くの方々に活用していただきたいという想いがあります。その観点から、2020〜23年にかけて小学生の子どもたちや中学生・高校生を対象に「デザイン発想」をテーマとしたワークショップを実施してきました。一方で今回のお声がけは、オカムラ様ならではの方法論を新たに創りあげるという前例のないチャレンジであり、“新しい研修のあり方”を一緒にデザインしていく機会になると感じました。

岩田:
その時の印象として覚えているのは、江下さんがとても真剣に我々の話を聞いてくださったこと。よくあるように提供可能なサービスの一覧をご提示いただくのではなく、まず私たちの想いを親身になって聞いていただきました。その上でそれを自分事として受け止め、イチから考えを深めていくという誠実な姿勢に心を打たれて、ぜひ御社にお願いしたいと決意した次第です。

それぞれの気づきから始まる “研修っぽくない” 研修のプロセス
── まさに、まったく新しい研修体験を一緒にデザインしていく試みです。どのように進めていったのでしょう。
江下:
まずは、研修の方向性を定めるキーワードを決めるところから始めました。最初にキーワード案と研修概要をセットで10案ほどご準備し、マッピングしたもので議論を始めましたね。中には、統計学用語で外れ値(はずれち)を意味する「アウトライアー(outlier)」というワードを含めた案も準備しました。「組織の成長や進化に重要な役割を果たす、革新的なアイデアやアプローチを提供する特別な能力や視点を持つ人々」が集まる研修になると良いのではないか、という意味を込めて候補に挙げました。それをご覧になった岩田さんが「これはいわば、研修っぽくない研修ですね」とおっしゃったことがきっかけになり、この取り組みの方向性が明確になりました。
というのも、一般的に研修とはスキルセットを教えるものですが、今回はそうではなく、新しいマインドセットを導くものにしていく必要があります。岸部さんからも「参加者にとっても楽しそうですね」という言葉をいただき、“研修っぽくない” 研修という大きな方向性が見えてきたのです。それが「INSIGHT/OUT」というキーワードと、「自身の内側から外へと洞察を広げ、従来の視点から脱却し、新たな角度から世界を見ることで、新しい視点を獲得する」という研修全体のテーマにつながりました。

岩田:
私たちとしても、「従来の研修とはまったく違うものにしたい」という明確な意図があったので、それがどのような形になっていくのか、興味津々でした。そしてもう一つ重要だったと感じるのは、この研修はソニーデザインコンサルティングと事務局だけでなく、参加者も一緒になって創りあげていくものになったこと。正直なところ、うまくいくかどうかはやってみなければわからない。でもまずは「テストフィット」として、思い切りチャレンジしてみよう。そう心構えを決めました。
江下:
ここからは、どのように“研修っぽくない”研修をデザインしていくか? を考えていきました。とはいえ、前例のない試みになる以上、事務局を務める岩田さん、岸部さん含め、我々にとっては大きなチャレンジ、言い換えるとプレッシャーでもありましたね(笑)。アプローチとしては、従来型の研修との違いを「3つのプリンシプル」として集約し、研修のコンテンツを考案していきました。参加者も一緒になって創りあげていくという意味では、研修を進めながら、毎回アンケートにご協力いただき、改良を重ねていく流れです。まさに事務局・参加者・デザイナーの全員で、新しい体験とビジョンを紡ぎあげていったかたちになります。

岸部:
“研修っぽくない” 研修をいかに実施するか……まさに前例のない試みでした。参加者の募集にあたっては、「オカムラシンキング ラーニングイニシアティブ INSIGHT/OUT」の概要と、テストフィットであることを各事業部のHR担当者に伝え、声がけをしてもらいました。人財開発部からも個別に希望者を募りましたので、HR担当者からの推薦と、手を上げてくれた社員との組み合わせという形です。結果として、所属部署や年齢もさまざまに、「面白そうだ」と感じる好奇心とモチベーションのある社員が集まってくれました。
江下:
参加者のみなさんにはこれまで取り組んだことのないことを体験していただく機会にしないといけないなと考えました。集まった方々は、通常業務においても大変活躍されておられる、いわば自分なりの“正解”を出すロジックを持った方々のように感じました。そんな優秀な方々にとって、新たな視点の獲得に向けて、自身の限界を超える体験をしていただくためにはどうすればよいか。予測できることやサンプル的な答えに近いものではなく、自ら体験したことから何かをつかみとっていただく機会を創ることに注力しました。

ー「オカムラシンキング ラーニングイニシアティブ INSIGHT/OUT」は、24年6月から9月にかけて全6回のプログラムとして実施されました。毎回異なるワークショップが行われていますが、印象に残った内容や出来事はありますか。
岩田:
どの取り組みも「何が始まるんだろう」という楽しさと熱気を感じさせて、なかなか選ぶのが難しいのですが……特に記憶に残っているのは「アカデミック ディベートゲーム」ですね。例えば「株式会社オカムラは従業員の教育や研修にさらに投資すべきだ」といったテーマに対して、肯定側/否定側、ジャッジの3チームに分かれ、経営情報などをソースに論理的な主張を展開し合うというものです。日頃の会議ではなかなか見られない緊張感や、思わずハッと気づかされる瞬間に触れて、もっとこうした議論の場が必要だと実感させられました。

岸部:
私が印象的だったのは、参加者が先生役となり、自身が熱意を燃やす事柄をレクチャーする「ナレッジニュースプール」です。研修やワークショップでありがちな、参加者同士の手短な挨拶ではなく、じっくり話を聞くことで一人ひとりの人柄がよく見えてきて、とても面白かったですね。お互いが深い共感とともに、新たな興味を広げる機会につながったと思います。
もう一つは、202X年の「オカムラのありたい姿」をテーマに各自が動画を作成し、それを発表する「202X オカムラ VISIONING」。動画制作の経験のない参加者が大半で、非常にチャレンジングな課題だと感じました。それでも、言語化からビジョンの集約、プレゼンテーションまで、初めてのことを楽しみながら挑戦する雰囲気を目の当たりにして、何かを自分事として捉える大切さを学んだように感じます。
岩田:
人の心を動かし、未来へつなげるには、まず自分が何かを感じ、何をやりたいかを掘り下げる必要がある。これは、弊社の社長がよく口にする「センス・オブ・ワンダー」という言葉にもつながる姿勢ではないでしょうか。そう気づかされて、「この場にいてよかった」と感じました。また、「202X Trend Forecast」というワークの中で、一人ひとりが“未来の兆し”を見つけるフィールドワークをしたのも印象に残っています。私自身もあれ以来、未来の兆しを捉えるアンテナの感度が上がってきているように感じています。
江下:
最終日の「202X オカムラ VISIONING」のプレゼンテーションとディスカッションは、非常に印象的でしたね。DAY1からやってきた、一見バラバラに見えるワークが、DAY6のディスカッションでは各自の立場や領域を超えて、オカムラの未来につながる大きな共感のビジョンへ結び付いていった。事務局メンバーはもとより、ご参加いただいている参加者の方々とも、講師と参加者という関係を超えたプロジェクトメンバーとして、一緒に大きなビジョンを創りあげていく感覚がありました。

“答えなき問い”に向き合い、大いなる未来を創発する
── 全体を振り返って、手応えや今後の可能性をどのように感じていますか。
岩田:
一人ひとりが言葉にできない体験と向き合い、新たな気づきを得て視野を広げていく……その大きな流れを導いていく上で、これは相当に手の込んだプログラムだと思いました。私自身、事務局という立場でありながら、これまでにない形でビジョンが浮かび上がっていく様子に触れて、絶えず心躍るものを感じていたように思います。
岸部:
その場でクイックにアウトプットを出すトレーニングを重ねていくうちに、それが大きな気づきへつながっていく──実にワクワクしましたね。また、弊社を出て品川のソニーシティを訪ね、御社のDNAに触れられたことも印象に残っています。戦後まもない頃に製造業としてスタートした企業同士という共感を覚えるとともに、非常に貴重な体験をさせていただきました。
岩田:
本当にそう思います。従来型の研修は知識やスキルの習得が目的である以上、インプットが中心になりますが、このプログラムでは体験を即座にアウトプットしていく。そのプロセス全体が、大きな視点で捉えると「自分たちで新しい研修をデザインする」アウトプットの試みになっているんだと気づかされました。
また、これは個人的な予感ですが……これまで重要視されてきた生産性や効率ではなく、より人間的な感性にこそ、人を動かすヒントがあるのではないかと考えてきました。その予感が今回の「デザイン発想」のアプローチを体験したことで、より明確なものになりつつある気がします。
そして重要なことは、この成果はすぐには出ない、何年か後になって新たな形で実を結んでいくということです。経験者の気づきが社内で広がり、新しい感性を育んでいくことが、やがて弊社独自の強みになるのではないか。そんなことを思い描いています。
岩田:
これだけ画期的な“研修っぽくない” 研修が、どのようにして実現したのか。あらためて経緯を振り返ってみて、弊社内でも経営企画部の部長の「失敗を恐れず、やってみよう」という言葉が大きな後押しになり、それが私にとっても「楽しんで臨もう」という意識につながったと感じます。義務や責任だけでなく、そこにいかに楽しさを見出すか。私自身、仕事に対する考え方そのものが大きく広がる体験でした。
こうした感性的な体験が、場を通じてお互いの共感につながり、“創発する力”を育んでいくわけですね。部署や立場に関わらず、社員の誰もがデザインの発想力を身近なものとして活用できるようになれば、弊社が世の中にできることの幅もまた、広がっていくはず。そう期待しています。
江下:
ありがとうございます。今回はいわばテストとしてプロトタイピングの要素が色濃いなか、お二人には毎回フィードバックを通して、大きな導きをいただきました。そして「デザイン発想」の観点から大切なのは、このプロジェクトには「これでいい」という答えがなく、決して完成しないということ。現在進行中のセカンドクール(2期)でも、参加者の方々や状況に合わせて、さらなるプロトタイピングとアップデートを続けているところです。
また私自身、岩田さん、岸部さんとともにこれまでにない“研修っぽくない” 研修をデザインしていく過程で、ご参加いただいた方々とも講師と参加者という関係ではなく、一つのプロジェクトメンバーとして大きなビジョンを創りあげていく感覚がありました。その“一緒に創りあげる体験が、探究そのものであり、人の心を動かす「センス・オブ・ワンダー」へとつながっていく。「オカムラシンキング ラーニングイニシアティブ」という言葉の通り、この学びへの取り組みがきっかけとなり、新たな発想とともに需要そのものを創出するマインドを持った方々の集まる場になることに期待を寄せつつ、微力ながら今後ともお手伝いをさせていただきたいと考えております。

「オカムラシンキング ラーニングイニシアティブ INSIGHT/OUT」要点のまとめ
・「需要創出型企業への変革」に向けた人財育成の方法が問われた
・ 従来の視点から脱却し、創造的な課題や解決方法の発見につなげたい
・”講師と参加者”の関係ではなく、関わる全員の共創によって研修をデザインする試み
・”研修っぽくない” 研修という方向性で、対話の中から実施内容を固めていくプロセスを採用
・ 従来型の研修との違いを「3つのプリンシプル」として集約、研修の骨子を策定
・ アウトプット体験を通して培われる意識を共有すること、またそれが文化醸成の着火点となることを目指した
ソニーデザインコンサルティング「デザイン発想」プログラムについて
ソニーデザインコンサルティングが展開する「デザイン発想」プログラムは、実際のデザインの現場で使われているデザイナーの発想をモデル化し、あらゆる人が使えるリベラルアーツとしてデザインに触れる機会を広げるべく実施されてきました。2020年から23年にかけては、自治体の次世代グローバルリーダー育成プロジェクトや、産官学一体の教育プログラムなどの場でノウハウと知見を蓄積。今回の「オカムラシンキング ラーニングイニシアティブ INSIGHT/OUT」は、企業人に向けた新たな視点獲得のための探究プログラムとして実施。さまざまな企業や組織の課題や要望をふまえ、新たな視点や発想を開拓する体験を通して、未来の可能性を広げていきます。
「デザイン発想」プログラムの紹介ページはこちら